HOME | 道前の群像 | 菅 源三郎

菅 源三郎  第1回卒(不言実行の人)




校門をくぐると道前会館の前に菅源三郎氏の銅像がある。

 氏は西条中学卒業後、東京高等商船学校(東京商船大)に進学、その後、東亜海運汽船株式会社に入社、数多くの船の船長を歴任。太平洋戦争勃発後、長崎丸船長としてアメリカの巨船プレジデントハリソン号を拿捕するなど功績をあげ、一躍その名を全国に轟かせた。

 昭和17年5月長崎港に入ろうとするとき、浮遊魚雷を発見、他船の危険防止に万全を尽くすあまり、自船が他の機雷に触れて沈没、同年、敵船拿捕の表彰式を目前にしながら、自船沈没と乗客乗員殉死の責めを取って壮烈な自決をした。
 

嗚呼真丈夫の碑(ああますらおのひ) 
「故菅長崎丸船長遺言」が刻まれています。